12月1日(日)
アレッポ陥落って、反政府勢力も何がなんだか分からないし…。
12月2日(月)
12月に入ると、患者さんの「良いお年を」がはじまる。
唐突にクーポンが来たので、ガラス細工を置くミニチュア壁掛け階段を買った。
いかなごの同級生が遭遇した、制服を着た高校生に次々と凸して、内情と合格方法を探ろうとする、遠方在住の中受生の母が恐い。
12月3日(火)
姉と違い、もぐは木乃を可愛がってはいるが、木乃の顔のそばでオペラ歌ったり、うざがらみして、その後謝罪と称して目の前で土下座したり…怒らない木乃がさすがだわ。
12月4日(水)
凄いなあ韓国。さすが30数年前まで軍政下の国は違うというか、隣の国だし好きじゃなかったけど(滋賀県みたいなもん)尊敬の念が。戒厳令が解除されたこと以外はいいことない、って言ってるのが気の毒。
12月5日(木)
夜の間、居間に放たれている柑兎は、朝私と一緒に木乃が居間に出てくると、木乃の周りをグルグル廻って、低音を響かせるのだが、いかなごによると、喜んでいるらしい。
疲れた。
12月6日(金)
医局に激震が走った>中山美穂。
遠藤『チャーズ 中国建国の残火』を読み終わった。元々米相場を動かしていたのを、米価高騰で庶民を苦しめるのを嫌ってやめて、金光教に入り、麻薬中毒に効く薬ギフトールを開発し、中国には麻薬中毒に苦しむ人がたくさんいるから、と満州国に渡り、薬品工場を作って大儲けし、そのお金を関東軍に寄付して飛行機を献納したりしていた父親の元に生まれたのが著者。敗戦で長春に流れるが、有用な薬を作れる著者の父は帰国させてもらえず、最初は国民党、次に八路軍、そしてまた国民党のもとで薬を作り続ける。
こうして国共内戦の長春包囲戦に巻き込まれた著者一家は飢えに苦しみ、国民党支配地から脱出したものの、包囲側の八路軍の支配地には入れてもらえず、餓死した死体で埋まった境界地の荒れ地で時を過ごすことになる。この時の関所のことをチャーズというらしい。薬を作れるということで、何とか解放区に入れてもらえた一家は延吉に脱出できたが、この時7歳の著者は結核に侵され、死ぬ寸前のところを親が借金して手に入れたストマイで助かる。
その後、一家は天津に移動して暮らし向きもましになるが、著者は朝鮮戦争で再武装した日本に対する反目や、目の前で溺れ死んだ人を複数回見たこと、餓死死体の上に寝ていたチャーズで目撃したことのPTSDで苦しみ続ける。著者の言語表現が豊か過ぎて、餓死寸前になると体がどうなるかとか、死体の様子を細かく描写しているのが恐い。1941年生まれでもこんな体験している日本人がいる。
12月7日(土)
職場の忘年会で賞状もらって、筒も(久しぶりに見た)もらったら、もぐが喜んで何かに使うと筒を引き取ってくれた。
12月8日(日)
イリア、すべてクワドで、すべて刺さってるプロトコール凄過ぎ。
シリア、良かった。今後、より酷いことにならないことを祈るばかり。
政治犯が続々と解放されていて、40年拘束されていた人とかもいるらしい。監房から幼児が出てきた動画には慄いた。
診察で患者さんが質問に答えてくれないのは想定内だけど(むしろ答えてくれると驚く)、「去年化学療法行った時に」て言われて本人の話だと思ってせっせと病歴聞いてたら「去年(愛犬を)化学療法(に他県まて往復数時間かけて連れて)行った時に」だった時は崩れ落ちそうになった。
12月9日(月)
兎用段ボールに引っかかった木乃を見て、いかなご「君、ねずみ返しを登れないタイプの犬だね」。1回の試行でそんなこと言わなくても…。
S君母に私といかなごのツーショを送ったら、「姉妹みたいね」という衝撃の返事が返ってきて、すべてを好意的に捉えるS君母の凄さを改めて思い知った。
いかなごさん「ハゲはいいんだけど、白髪と黒髪が中途半端に混じってるのは許せない」と力説していて、S君に白髪染めシャンプー勧めといて良かった、と思った。
12月10日(火)
サイドナヤ、いきなり首都陥落したから、証拠隠滅する時間がかなり少ない強制収容所になりそう。というか、なっていて欲しい。
Z世代にウケる昭和の歌とかいって、歌手の後ろで正装した若い男性達が踊ってたけど、昭和だと後ろで踊ってるのは、露出度が高い服着てフワフワしたものを手に持ってる女だったよな。
もぐ、コップを見て「ノンタン、これの名前ノンタンだったよな!」。あんなにお世話になったのに、名前忘れてたのかよ…。
ヴィンゲゴーさんは誕生日だけど、トレーニングキャンプ初日なのね。