3月21日(月)

 井筒親方…頸部骨折かよ…気の毒に。

 最近いかなごが「なんだよ、今のうちに6年生と遊んどけって」「6年生は凄くかっこいいなんて、心にもないことをなんで言わなきゃいけないんだよ」とか、ついに言いはじめて大変そう。

3月22日(火)

 昨日からのくしゃみと寒気が改善しない。寒くて関節が痛過ぎるので、36.7度と予想して熱測ったら36.8度だった。

3月23日(水)

 咳と鼻水が止まらず、しんどかったが、夕方から吐き気で動けなくなる発作を3回。夜中に廊下を這い回っていたら、最初は付き添ってくれてた木乃が、途中から布団で寝ていた。

3月24日(木)

 去年のノロで、吐き気がある時は外来は無理と悟ったので、夜中に医局長にメールして、午前中は代診を出してもらい、午後だけ仕事しに行ったが、死にそう。

3月25日(金)

 ここ2、3日自分が生きてくだけでやっとなのに、今日は普段の2倍ぐらい外来と病棟が来て、2倍に増員された看護師さんも疲れ果てていた。

 鼻水は止まったので、風邪は少し楽になったかと思ったが、夜、明日からの旅行(いかなごももぐも楽しみにしているので、行かないという選択肢はない)の準備をしたら、再悪化。

3月26日(土)

 朝、バイクで木乃をペットホテルに預けに行き(高校生バイトみたいな子が預かってくれたので不安になった…)北大路の駐車場にバイクを止め、地下鉄で太秦天神川へ。もぐを今季最後のスケート教室に連れて行っていたS君に拾ってもらい、京都の北の方へ。

 田舎のSCのレストラン(メニューが超多彩)で昼ご飯を食べてからホテルへ。どうやらホテルの周りに、巨大ウサギやら山羊やら野原やらがある施設があるようで、S君&子供らは出かけて行き、私はチェックインできるまでロビーで待った後、部屋で早速布団ひいて寝た。

 体調は昨日より明らかに悪化して、基本座ってるのも喋るのもしんどく、紅茶飲みまくっているのに、すぐに眠ってしまう。人間逆境の時に本性出るって言うけど、たぶん私の本性は無口。

 それでも何とか夕方から温泉に入りに行き(私が行かないと、いかなごが1人になってしまうから)晩ご飯のカニも食べた。とてもしんどくて、食べ物の味がほとんどなくても、カニは美味しいことが分かった。特に焼きガニ。一方、もぐは2年前には食べていたカニをなぜか今回は全く食べず、食べるものがなくて困っていた。

3月27日(日)

 朝ご飯食べに行くよ、と言われたもぐ「カニはいやー」>朝ご飯はカニではありません。パンが美味しかった。

 ええええ、パシさん交通事故なんて…まだ若いのに、なんてこと。。

 S君&子供部隊が野原に出かけたり、道の駅でご飯食べたり(もぐはトンカツを食べて幸せそうだった)、鳴き砂記念館に行ったりしている間、私は駐車場の車の中でひたすら眠ったり休んだりしていた。風邪六日目なのに、未だに立ってられないほどしんどい。でも一日も休んでないので当然という気もする。

 ペットホテルが19時までなので、急いで市内に帰り、木乃を回収。ホテルの人に「お利口さんでしたよ。あとは家帰って寝るだけだね」とか言われてた木乃だが、帰宅した途端、恐ろしい勢いで水をガブ飲みし、何度もトイレに行き、食べたはずのご飯も食べて、ぐったりしている。どんだけ気遣っててん。

3月28日(月)

 お腹は空かないが、何か食べている方が気分が良い。だから朝が一番気分が悪い。

 マジでしんどい時「もう妊娠してるのかってくらい気分悪い」というと、S君が必ず「誰の子だ」っていう。問題はそこじゃない!

3月29日(火)

 もう1週間以上経っているのに体調治らないし、消化器症状が強いので、実はインフルエンザだったんじゃないか説が浮上。確かにインフルエンザなら1週間ぐらい治らんでも不思議はないか。

 いかなごが誘拐されないか、もぐが誘拐しないか心配。

 木乃が今朝からお腹壊してる。それでも呼んだらちゃんとコタツの中から急いで出てきたりするところがえらい。

 春休みに入ってから、いかなごが毎晩風呂を洗ってくれるようになり、S君と2人で毎晩とても感謝している。

3月30日(水)

 近藤先生が逮捕されてる…(驚)。入院中の79歳の患者が看護師にキスして逮捕って、色々と信じられないシチュエーションだが。。

 スナイダー『ブラッドランド』を読み終わった。著者が「流血地帯」と名づけたウクライナ・ベラルーシ・ポーランドを含む地帯で、1930・40年代にスターリンとヒトラーにより、いかにして大量の人間が殺されたか、という話。私が読みたかったのは、まさしくこの本だ。昔から、なんかウクライナやポーランド辺りが第二次世界大戦前後に酷い目に合ってるよなあ、と思っていたが、当時の背景を説明しながら、ウクライナ人餓死330万人(1932〜33)、大テロル70万人(1937〜38)、ドイツ占領下で餓死420万人・ユダヤ人540万人(1941〜44)と推定値が記載されていて、得心がいった。スターリンの大テロルの時もソ連のポーランド人がターゲットになっていたことや、ドイツのソ連侵攻で捕まったソ連人捕虜の大半が餓死させられていたことは知らなかったし、ワルシャワ蜂起の死者数は広島長崎の死者数を上回り、戦争中に殺された非ユダヤ系ポーランド人の数は、アウシュビッツでガス殺されたユダヤ人の数に等しいらしい。推定値も大事だが、数値を人に戻すことが大事と著者は端数を記載し、殺された人の最後の言葉を調べているが、ウクライナ餓死に関しては記録がほとんどなさそうなのが恐ろしい。

3月31日(木)

 な、なんという鬱なワールド>ハンヤンSP落ち。

 例の件は当然職場で話題沸騰だったが「全麻オペ後の80歳が看護師にキスしたぐらいで逮捕してたら、そこら中の老人が逮捕されまくり」というのだけは全員が一致。偉いさんじゃなかったら、逮捕もされなかっただろうに。

 木乃のお腹の調子が悪いままで可哀相。私の調子も悪いままだが。子供らの連弾に口出したら、一気に悪化した。

 「それはねえだろ、お前」はねえだろ。壁殴るなんてユベール並だし。と思っていたら、記者に「故意と思ってる」と言うとか…。君は故意だと思ってもモチベーション上がっていいだろうけど、テン君びっくりさせちゃダメでしょ。



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