5月11日(金)

 色々と問題山積の3年目後輩に診断書を書くように頼んだら、凄い文面を書いていたので、「先生、診断書書いたことある?」と聞いてみたら(実際、こないだ2年目研修医が書いた事ありません、と言っていたので、書いてなかったら書き方を指導せねば!と思って聞いたのだが)「先生、私が初期研修で何もしなかったようなこと言わないで下さいよ」と言われた。…本当は「初期研修でやってない先生もいるから、聞いてみただけなのよ。気を悪くしたらごめんね」とか「実際できてないんだから、何もしてなかったと思われても仕方ないんじゃないの?」とか、何かしら言わなきゃいけなかったのだろうが、5時間連続外来の後で疲れていたので(言い訳)、聞こえなかった振りをして、ヤツを教育しようとかりそめにも考えることはやめよう、という消極的な結論にまたしても辿りついた。

 という話をもう1人の後輩にしたら(←その3年目さんの直接のお世話係に任命されている気の毒な人)、こないだ上司から「外来が患者さん山積みなので手伝いに来て下さい」という電話があった時に、3年目氏に「行かなくちゃいけないんですかね」と言われてブチ切れたらしい。。

 もぐ「あーかない、あーかない」。食卓塩の瓶は開かなくていいの!!

5月12日(土)

 今日はS君がいないので、家でダラダラ→例によって間が持たないので、ビーズでも買いに行こう、と百万遍の100円ショップへ→ビーズ売ってなかった。仕方ないので田中里の前の100円ショップまで。ってことで、大小連れて、帰りにナカムラと公園にも寄って、往復1時間半。逃げないようにもぐの手首押さえてるのに疲れた。

 吉村昭『羆嵐』を読み終わった。ヒグマ、貞子みたいだと思った。

 悪いことをしたので、居間の外に出す→2歳当時のいかなご:泣きすがって短時間改心。もぐ:楽しく廊下で遊ぶ。…ダメだこりゃ。

5月13日(日)

 もぐがいかなごの邪魔をする→いかなご「もぐの馬鹿!もぐなんかいなければいい!」S君「もしいかなごに弟じゃなくて姉がいたら、姉にいじめられることになるけど、そっちの方がいいか?」いかなご「もぐ邪魔しに来てもいい」。即答だな、おい。

 最近のもぐはオウムのよう。家族の言うことをひたすら繰り返す。口癖を先回りして言ったりも。S君が何か言うと、その後に「だって」と付け加えたり(私の口癖)。

 昼ご飯にS君が柳月堂のアンパンマンパンを買ってきたら、もぐがいきなり目からえぐり出して食べ始めて、阿鼻叫喚な感じになっていた。

 午後から以前行ったことのある滋賀県の公園に行こうと車で出発したら、途中で道が地元の祭りのために通行止めになっていて、迂回指示が出ていた。で、迂回したら河岸に良さそうな公園を発見。芝生がと野花が多くて、なかなか環境が良かった。屋台の食べ物を持っている人が多かったので、祭りをやっていそうな方向に歩いてみたら、途中で神輿にも遭遇。考えてみれば、神輿かついで走る大人の集団を生で見たの、生まれて初めてだわ。で、目論見どおりリンゴ飴を買えたので満足(1つだけ買ったが、いかなごは予想通り半分も食べきれなかったので、残りは私が美味しくいただいた)。

5月14日(月)

 ミュラー『母と子のナチ強制収容所―回想ラーフェンスブリュック』を読み終わった。最初は絶滅収容所ではなかったラーフェンスブリュック収容所でも、敗戦近くになると凄いことになっていた様子が、共産党員の政治犯の著者によって描かれている。この人、終戦後はどういう生活送ってたんだろう。

 ちなみに、S君がこの本を読んでる私を見て「収容所とかについて書いてる本がそんなにたくさんあるんだねえ。君、同じ本何度も読んでるわけじゃないんでしょ?毎回違う本なんだよね」と呟いていた。

 もぐがいかなご相手に「ねえね、めっ!ねえね、めっ!」と果敢に口げんかを挑んでいた。もちろん10倍ぐらい言い返され、手を出したら、手を出し返されて、完敗して号泣。一フレーズしか言えないのに、無謀なヤツだな。

5月15日(火)

 「えんがいほいくのおしらせ」という自力で全部書き取ったお知らせをいかなごが持ってきた。最近の年長さんは、平仮名片仮名は(たとえ写したものだとしても)全部自力で書けるよう教育されるのか(驚)。

 いかなごが「ねえ、見てママ、ドラキュラ」と何がドラキュラだかさっぱり分からない表情をして言うので「マントでも着て、処女の血吸えば」と言ったら、S君「自分の血吸えばいいんだな。簡単だな」。

 夕方からいかなごが足が痛い、足が痛いとうるさいので(そしてそれを聞いたもぐも「いたい、いたい」とオウムになっててうるさいので)風呂上りにいかなごの足に湿布を貼ったら、もぐも当然のように足を差し出すので、湿布を取った残りのビニールを貼ってみた。非常に満足した模様。

5月16日(水)

 朝からもぐに「ママ、めっ」「ママ、めっ」「ママ、めっ」としこたま怒られて叩かれた。私が布団抜け出してこっそりトイレ行ったのが許せないらしい。いかなごは怒ったりしなかったのに。。

 姉は今日、保育園の仲間と葵祭りを見たらしい。黒い牛さんが4人でお姫様を運んでいたらしい。かさを差した下を歩く女の子もいたらしい。

 ミーシン先生、母87歳父95歳で亡くなったのか。

5月17日(木)

 いかなごのお迎えに行ったら、いかなごの同級生5、6人に囲まれて「いかなごちゃんのママ!」「いかなごちゃんのママ!」「いかなごちゃんのママ何歳?」と聞かれた。「それだけは教えられません」と言っといた。

 ちなみにS君は昨日いかなごの迎えの時に、同級生の男の子に会って「あ、いかなごちゃんのお父さん、○○です」とフルネームで名乗られたらしい。君のことはお座りできる前から知ってますよ。

 いかなご「あのね、バレエの先生がこうしなさいって言って、いかなご達がこうする度に、兵隊みたいじゃない、っていつもいかなご思うの」。うんうん、良いところに気づいたね。兵隊になる練習してるんだよ。「でもね、いかなごあんなことしたくない。兵隊みたいなことしなくても、上手に踊れるもん」違う、そこは大きく違うっ!

5月18日(金)

 もうすぐ6歳の年長児の1日。朝マインか、はなかっぱに合わせて起床。朝マインで起きた時は、0655のオープニングに合わせて踊る。元気な時はママと8時に保育園へ。しんどい時は後でもぐを送るパパと一緒に保育園へ。夕方6時に帰ってきて、おじゃる丸と忍たまを見てから、大!天才てれびくんを見ることもあり。その後は、夕食・ピアノ練習(真面目にやらないので、ほぼ毎日私にボロクソに怒られる)・風呂の合間に1日3話のアニメタイム(今は『おジャ魔女どれみ』)。1日3話なのは、プリキュアばかり見ていた頃、私が続けて見るとプリキュア脳になるから1日3話まで、と規制したのがはじまり。理由には釈然としないらしいが、しっかり守ってはいる。いかなごの好きな本を私が図書館から借りてきた時はアニメの代わりに読むこともあり(今は忍たましか読まない)。アニメの代わりにゲームをすることもあり。10時になると寝る時間で、もぐと私とともに寝室へ。しばらく漫画(今は『赤ずきんチャチャ』)か昔話を読み、私にいい加減に寝なさい、と言われて就寝。もぐはその前に、姉と私の間で、本(←姉の真似)とぬいぐるみ(うさぎかぞうたん)を抱いて沈没済。

5月19日(土)

 午前中に鴨川で少し遊んで、今晩は(ジロが)山岳だから午後は昼寝をする予定…だったが、もちろんいかなごに邪魔されて果たせず。

 『パンパパ・パン』凄いな。サンドイッチ・ニー・サン!

 夕方トイレが詰まっているのをS君が発見→「いかなご、見てくる」「あんたは(何するか分からないから)行っちゃダメ!」→いかなご無視してトイレに突撃→詰まったトイレに、さらに水を流して、溢れる。後始末をしている間に、S君が詰まり解除器を買いに行ってくれて、あっさり詰まりは解除。

 大事になった原因は、きっぱり親の言うことを無視したいかなごの行動なので、もう激怒り。口聞かずに、一人で寝室に行かせた。

5月20日(日)

 もぐは(私といかなごが毎日練習している)「君をのせて」の冒頭の伴奏を延々と歌える模様。

 S君親戚から大量のえんどう豆が届いた。と思ったら、いかなごともぐが夢中になって豆の皮を剥き出した。2歳児もひたすら黙々と豆を取り出していた。

 京都競馬場に行ってみた。噂には聞いていたが、有名なレースは開かれていないのに、人だらけ子供だらけなのにはびっくり。奥の子供広場ではヒーローショーが開かれていて(「みんなーお馬さんは好きかなー?」からはじまる)、もぐは遊具よりもヒーローショーに夢中。てか、それ以上に夢中で、全く動かなくなったのがパドック。「あま、あま!あま、いっぱいいるー」そうか、そうか、そりゃ良かったな。いかなごもふわふわ遊具に入れて満足したらしいし、駐車場が2000円と高額なのを除けば、そこそこの娯楽施設かも。子供広場なんて、競馬場というより、その辺のSCな感じだったし。とはいえ、当たり前だが、本気で競馬な人々や、厩舎おたくな女性達もいて、知らない世界を見た感じ。レースも少し見たが、鈴鹿と比べると馬って遅いのね(比べるな)。



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