11月21日(月)

 当直。

 『暗闇の中で マーリオン・ザームエルの短い生涯1931-1943』を読み終わった。ナチの研究に与えられるマーリオン・ザームエル賞というものがあり、その名称はナチの犠牲者の中から無作為に選ばれた女の子の名前から付けられたらしい。これは、その女の子と家族親族がどんな生涯を送ったのかを探った本で、70年前の無名の一家の軌跡を今になって追う大変さがよく分かる。

11月22日(火)

 昨日の夜中にもぐがふと起きだして、S君のいる居間にやって来て、しばらくぼーっと直立していた(←私が横にいないので探していたと思われる)という話を聞いて、申し訳なさしきり。本人の記憶には残らないといえばそれまでだが、母がトイレに行っただけで泣いたりする時期を過ぎるまで当直免除してもらえる余裕が欲しい。

 ファイジズ『囁きと密告─スターリン時代の家族の歴史』を読み終わった。超面白かった。ソ連と言えば、よく分からないけど恐い国で、一番最初のはっきりした記憶はブレジネフの死去ニュースな私には、第二次大戦のずっと前に飢饉や大量逮捕処刑があったことを話としては知っていても、どうも時系列がよく分からなかったのだが、この本を読んで、革命→富農撲滅(その結果飢饉)→大量逮捕→大祖国戦争と移り変わる展開が腑に落ちた。

 複数の家族へのインタビューを元に(シーモノフという有名な作家とその家族が中心)年代に沿って家族の歴史を追っていくのだが、まず、革命では、個人生活より共産主義理想社会を実現することの方が大事なので、なるべく個人生活を少なくするために、共同住宅が考え出された、という経緯が衝撃(この本にはその共同住宅の間取りも載っていて分かりやすい)。もちろん、農業集団化をすすめるために、反対勢力の有能な農民を富農として大量逮捕→農民が地元から逃げ出して都市に人口が流入、という事情はあったにせよ、党幹部向けの共同住宅があったことから、1つのマンションに数家族が暮らすという状況は、住居不足だけが原因ではないらしい。ピーチェルに来たプルが共同アパートに住み、ダンボールで囲って自分のスペースを作っていた、というのにはそういう素地があったわけね。

 1937、8年の大量逮捕処刑は、スペイン内戦では内部分裂が政権敗北の原因→ナチスと戦う前に国内反対勢力をつぶすべし、というスターリンの発想で行われたらしい。党中央委員会メンバー139人中102人が38年までに逮捕されて銃殺、5人が自殺、という規模が凄すぎる。登場する色々な家族も、両親は実は38年に逮捕されて銃殺されて、というくだりが何回も出てくるし。そのため大量に孤児が出て孤児院は満員になったが、人民の敵の子供だということで、敵視されて養育されるのが普通で、当然のようにピオネールには入れてもらえないとか。

 で、第二次大戦が終わり、東西冷戦が始まると、反外国人→反ユダヤ人てことで、ユダヤ人大粛清が始まりかけたところでスターリン死亡→そして、刑期を終えた人々が続々と収容所から釈放されるが、その体験を口に出す人はほとんどいなかった(またいつ逮捕されるかもしれない情勢だったから)と。激お勧め。

11月23日(水)

 一家で病院(私が手を離したら泣くもぐは、着替えの更衣室まで同行)→お子様プレートセール中のガストで昼ご飯。もぐはハンバーグプレートを完食して(姉は半分ぐらいしか食べなかった)宙返りするカエルのおもちゃもらって満足気。

 アン・マキャフリイ…超ご都合主義的展開が好きだったよ。魂よ安かれ。

 ピアノの練習をしようとしたら例によっていかなごに妨害されたので、まず新体操のリボンの動画を見せて、棒につけたリボンを与えて、音楽に合わせて踊るように言ったら、「さあ、ママ弾きなさい!」と練習させてくれた。

 夕方、いかなごと2人で、ピアノの先生がやっているコンサートに行ってみた。が、いかなごは1時間もたず帰りたいと言いはじめ、3分の2終わったところで退散。感想は「大したことなかった。『おばけなんかないさ』とかなかったし」。うーん確かに知ってる曲がないのはまずかったかなあ。いかなご、私と同じで退屈を我慢できない性質のようで…(小学校ではよく怒られるし、長じては授業中に内職必須だぞ…)。連れて行ったのは失敗だったかなあ…クラシック嫌いにならないといいけど(反省)。

 一方、私の感想→やっぱりシューマンは好きになれない。『エリーゼのために』はうまい人が弾くと結構いい曲。あと、将来いかなごとラブラブ連弾したい。

 最近のもぐ。風呂から上がるときに、なぜか必ず洗面器を大きさの順に重ねて片付ける(謎)。今日はおもちゃも片付けてた。

 「第五列」ってスペイン内戦からきた言葉なのね。少し賢くなった。

 いかなごが、世界名作アニメ全集のリストを見ながら「ねえパパ、『鴨と林檎べえ』がないよ。安かったら買って来てもいいよ」と言っているので、何かと思ったら『鴨とり権兵衛』だった。

11月24日(木)

 いかなごバレエ。クリスマス会で披露予定の踊りを一人ずつ踊らされていた。年長さん→完璧。たぶんこの子には簡単過ぎ。いかなご→振付あんまり覚えてない。肘膝全く伸びてない。時々よろける。先生に怒られまくり。年少さん→同じく振付はあんまり。肘膝はいかなごより伸びている。先生はやさしく指導。3歳の子→一人で踊ること自体がなし。と、色々と先生の苦労が偲ばれるレッスンだった。

 クローズアップ現代の小松左京特集は……な構成。でも、つやつやした小松左京を見られたのは良かったかも。

11月25日(金)

 ロシア杯女子を少し。
・遥ちゃん素敵。マジ素敵。
・レイチェル丸い。
・真央ちゃんのシェヘラはやっぱり調子が狂う。

11月26日(土)

 最近いかなごが食べ残した古いパンや、もぐがちぎってその辺に置いたまま固くなったパンなどをビニール袋に貯めるようにしていて、山盛り溜まってきたので、今日宝ヶ池に行って、ガチョウや鳩に(いかなごが)あげてきた。紅葉がきれい。

 その後カナートでソフトクリーム食べたり、ユニクロでセーターまとめ買いしたり、もぐとS君の靴を買ったり、連弾の楽譜を衝動買いしたり(スイートプリキュアがあったものでつい…)。

 午後から教授との面談。必死にこちらの希望を伝えたが、敵もさるもの、笑顔で「じゃ、どこでもいい、と」…んなことは言ってません…。

 夕方から当直。

11月27日(日)

 一晩で心肺停止4件(2件は院内発症)ってなんじゃそれ(疲)。

 帰って来て、一家でブルーメの丘へ。途中迷ったり、古くさいラーメン屋で昼ご飯食べたりしながら到着。数日前にいかなごが突然釣りがしたい、と言い出したので、釣堀があるこの施設に行くことになったのだが、私は夜中も不穏で起されてあまり寝てなかったので、同じく寝ていたもぐと、しばらく駐車場で昼寝。その間、S君といかなごは釣堀へ。結局釣れていなかったが、いかなごはそれなりに満足した様子。

 そのうち私&もぐも合流して、いかなごはポニーに乗ったり、巨大迷路や小さなボート(?)で遊んだり。もぐは私と電動車に乗ったり、めえやもうを見たり。前回来た時に2歳のいかなごが激喜びしていた芝滑りにも行ったが、今回はいかなごは一人で坂を登って一人で滑ってくれるし、もぐもいかなごが一緒に滑ってくれるので(こちらは坂を登るのに親の介助が要るが)かなり楽だった。

 帰りも迷いながら(S君今日は不調らしい)ブックオフ2軒寄って帰宅。1軒は2階建てなため、ベビーカーではなく、S君がもぐを抱っこして入ったのだが、もぐ、ママ抱っこじゃない、と泣き出す→私がいかなご連れて目の前からいなくなったので、諦めて泣き止む→そこに、いかなごをトイレに連れて行く私が通る→やっぱりママいるやん!ともぐ号泣、という修羅場が展開され、結局私がもぐ抱っこ(疲)。

 帰って来たら、みんな一斉に買って来た本読み出して笑った。

 知子ちゃん凄過ぎ。全日本でも凄そう。

11月28日(月)

 前腕が筋肉痛なのは心マのせいか、もぐの長時間抱っこのせいか。

 ジャック・クーパー『ホロコーストの仔羊』を読み終わった。ポーランドのユダヤ人の著者が9歳から11歳まで他人の家を転々として生き延びた手記。ユダヤ人を匿った住民は、近所の人もろとも死刑、と占領ドイツ軍に言われ、預けられていた家から追い出された著者が何とか生きぬけたのは、ユダヤ人に見えない外見と、幼いが何とか仕事もできる年齢だったことが幸いしたのだろうな。

11月29日(火)

 朝いつものようにファミマに昼ご飯を買いに寄ったら、スライム肉まんがたくさんいたので、一匹捕獲。冷蔵庫に入れて保管し、夜暖めてみんなで食べた。

 もぐ逆上ポイント。
・毎朝、牛乳を哺乳瓶に入れて、レンジで温めてから渡しているのだが、牛乳をレンジに入れられるのが、どうしてもイヤらしい。毎朝、泣きながら床に伏して絶望を表現する。
・ママがトイレに行くのもイヤ。基本的にママが居間から離れるのはダメなのだが、特にトイレは許せないらしい。鍵でも閉めようもんなら、ドアにへばりついて、出てくるまで大声で泣き続け。
・赤子脳的には、自分の好きなものが見えないところに隠されるのは、たとえ一時的でも論外な模様。

11月30日(水)

 職場の忘年会兼送別会。いつものことだが、上司が説教魔になっていた。私はなぜか以前から常に上司のターゲットではないのだが、一人ターゲットの子がいて、色々大変そうだった。



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