4月3日(月)

 朝10時に大学へ。実験スペースをもらい、荷物の移動など。

 お昼に生協に行くと、どうも見たことある人がレジにいる。そりゃ2年前まで毎日通ってたんだから(どうも5年くらい前のような気がするが)見覚えくらいあるわな、と思ってレジに並ぶと「Y先生でしょう、Sです」と名乗られた。2か月前まで担当していた患者さんの家族の人だった。世間は狭いねえ。しかし、これからずっとお世話になるのになんか気まずいな。

 午後からは、ちょっと実験したり、だらだら論文読んだり。穏やかなんだけど時間が飛ぶように過ぎる。
 場所も周りの人も以前から知っているのでストレスはかなり軽減されているが、それでも新しい環境はちょっと嫌な感じ。

 DASACONレポートがいろいろアップされている。それを読んで、私に横溝正史のおすすめを教えて下さった方が、あのみのるさんであることを初めて知る。あまり認識していなかったもので失礼いたしました。すごいい。

 それにしても小渕首相が大変そう。昨日の夜の発表では訳わかんなかったけど、今朝は脳梗塞で昨日の夜に急変して集中治療室に入ってるとか。脳梗塞で急変で集中治療室だあ?出血したのかいな、と思ってたら、本当にそうらしい。まあ首相なんて一定の歳以上の人ばかりなんだから、いつ病気になってもおかしくないわな。今までの首相が丈夫すぎたような気もする。

4月4日(火)

 朝が遅い生活に慣れてないので、どうも体調がおかしい。もちろん土曜日に慣れぬ徹夜をしたのも大きいんだけど。

 夕方から当直。ぎりぎりに出た上、初めての病院で場所もよく知らず、かつコンタクトではなく眼鏡だったのでものが良く見えない、という3重苦状態で原付をとばし病院に到着。
 他病院での当直は初めてだったが、まあこんなもんでしょう。夜エレベーターを違う階で降りてしまい、もとの場所に戻れずぐるぐる病院内を徘徊するはめになったのが恐かったくらい。

4月5日(水)

 1日かけてした仕事が一瞬の不注意ですべてぱあになった。
 そういうものだ。

4月6日(木)

 朝、寺町に行ってランカードを買う。1万以上すると聞いていたのだが、思ったより安かった。
 ということで、今日から大学で専用線に接続できることに。
 おおお速いぞお。むちゃくちゃ速いぞお。
 感動のあまり大騒ぎしたが、周りは「普通これくらいの速さなんでは」と冷めまくり。うそだあ、全く待たずにページを見れるなんてすごいことじゃないのかあ。みんな家でおそおい機械でアクセスしたことはないのかあ。
 常に接続しているというのも、なんかもったいないおばけが出そうで落着かない。
 ところで、ネスケだと行けないページが多数ある。IEにすると解決したからいいけど、何だったんだいったい。

 実験の方は、昨日失敗した仕事のやりなおしとか、ネズ公に注射したりとか。
 あとは、医師免許証のコピーをとったり。バイト先で提出するように言われるのだ。医師免許ってのは賞状サイズで、持ち歩きに不便なことこの上ない。運転免許証みたいなサイズなら楽なのにといつも思う。

 ダサコンでお会いしたケダちゃんさんが、あのすばらしい自己紹介(私もあのようなプロフィールをいつか書いてみたい)の方であることを知る(遅いってば)。
 あと、いい感じに寒かった坪井さんがあの音が出るページ(幼稚園児並みの表現)の方であることも。
 ダサコン前、ダサコン参加予定者一覧を眺めつつ、きっと終わった後で、あああの人が……となるんだろうな、と思っていたのだが、全くその通りになっている。

 それにしても、私はしおしおと同じ髪型をしてた人、と認識されているようで…。そんなにそっくりだったのか、いやはや。やっぱり鏡見とくんだった。

4月7日(金)

 今日は入学式。出席しないなら事務に連絡しとけだの、入学式にふさわしい格好で来いだのと、注意書きが事前に配られていたのが笑える。じゃなきゃ誰も行かんわな。

 入学式に続いてオリエンテーション。いろんな設備の責任者の人が出てきて、ぐだぐだと同じことを何回も説明するので、退屈で気が狂いそうになった。どういう基準でつけたのか全くわからないのだが、私の学生証番号はなぜか3番で、そのため一番前の席だったので、なおさら退屈この上ない。その中でうちの研究室の先生が説明のために出てきて「ええ、いい加減時間も経ってますので、説明は手短にいたしますと…」と本当に手短に説明して帰っていったときには、おおかっこいい、と拍手しそうになった。

 どこのページでも寸時に見れる身分になったので、ネットニュースだの首相官邸だの、家では絶対に行かないところを見てしまう。検索も即座にできるし、インターネットって便利なのね(笑)。

4月8日(土)

 今日は宝が池で研究室の花見(というか周りに桜の木は一本もなかったので、単なるバーベキュー)。

 夜は田中邸へ。年寄りが4人たむろっていた。

4月9日(日)

 昼頃のそのそ起きだし、1時からSF研の花見が行われるらしいことを知る。
 場所は高野川の東側河原。今日はちゃんと桜の木の下だった。7分咲きくらい。
 しおしおは髪を切っていた。会則が守れなくなるぞお(笑)。あとはまたしても体育会系サークルの真似(だいぶ嘘)とか。

 夜だらだらTVをつけていたら、TV情報誌では「ダンテズ・ピーク」だったはずの日曜洋画劇場が別の映画になっていた。やっぱり火山ネタだから?

4月10日(月)

 やっと夜型の生活に少し慣れてきた。夜遅くなってもあまりしんどくない。
 朝起きる時間は2時間遅くなったのに、夜寝る時間は30分くらいしか遅くなってないので、睡眠時間が確実に1時間は増えている。夜遅くでも頭クリアなのは単にそのせいかも。ああ、なんて贅沢な暮らし。

 こないだも昼間っからケーキ買いに外に出たりしたし、わからないことは誰に聞いてもやさしく教えてくれるし、培養細胞は見に行っても1時間も愚痴をこぼしたりしないし。
 ふふふふふ。
 しかし、ポケットにポケベルが入ってなくてもどきっとしなくはなったが、電子音にびびるのが未だ治らない。一生治らなかったらかなり悲しいものがあるな。

 気が付いたらカウンタが2000を超えていた。びっくり。

4月11日(火)

 健康保険の手続きのために、前の勤め先の病院へ。
 原付片道25分の道程がとても長い。こんな距離を毎日平然と通っていたというのが、片道7分の今はもう信じられない。易きに適応するのはあまりにも簡単ね。

 ついでに私の担当患者を引き継いだ先輩に会いにいく。お亡くなりになりそうだった人は亡くなっていて、悪くなりかけていた人はとても悪くなり、ノーマークの人が重症化していた。大変そうだねえ>ひとごと。
 大学院での生活を語ると、非常に妬まれた。こわい。

 大学からの帰り、お月様が赤かった。月が赤いと何か起こるっけ?

 『御手洗潔のダンス』を読み終わり。『舞踏病』は面白かった。赤毛連盟チックで。
 『近況報告』は私的には実にどうでもよいが、そのすじの人は狂喜乱舞して喜ぶだろうな、というのはよくわかるので(そしてもし篠田真由美の作品で同じような短編が発表されたら、私も狂喜乱舞することは確定なので)仕方ない、というところだろうか。
 そういや私の友人の友人に、「私と御手洗は何とかした」という、石岡君と御手洗が2人で何かをしたという記述に、すべて蛍光ペンで線をひくという人がいたな。楽しそうだ。


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